季刊誌『InfoMart』

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インタビュー

山下洋輔(ジャズピアニスト)【2018年7月22日 公演】

日本を代表するジャズピアニスト山下洋輔が、トップミュージシャンたちに呼びかけて結成した山下洋輔スペシャル・ビッグバンド。ジャズやクラシックの名曲を斬新なアレンジで演奏し、圧巻のステージを繰り広げるこの驚異のバンドが所沢ミューズに登場する。トリオやソロとしても国内外で幅広く活躍する山下洋輔に、ピアノとの出逢いや独特の演奏法を始めたきっかけなど、多岐にわたる話を聞いた。

山下洋輔(ジャズピアニスト)

幼少期~ピアノとの出逢い 生まれたとき家にピアノがあるという幸運な子どもでした。そのピアノをいたずら弾きしたのがピアノを始めた きっかけです。
中学3年から習得を目指していたジャズのやり方を一応覚え、高校3年のときにプロのバンドから声がかかり 17歳でデビューしました。その後は、国立音楽大学の作曲科に通いながらピアニストとしてプロ活動をしていましたが、楽譜なしで即興演奏をすると同級生がびっくりしました。クラシックとの棲み分けのヒントになりました。

山下洋輔トリオ誕生の裏側~世界へ 実は若い頃、病気で1年半演奏できない時期がありました。その間に溜まりに溜まったウップンをぶつけた結果、それまでの規則を無視して自分の音を出すことができました。これが中村誠一[テナーサックス]、森山威男[ドラムス]とのトリオ結成(1969年)のきっかけです。
思い出のライブは、1974年のドイツ・メルス市でのジャズ・フェスティバルでの「成功」でしょうか。我々は普通に思いっきりやっただけですが(笑)。アンコールが止まらず、その年のベルリン・ジャズフェスに急遽呼ばれるという展開になりました。
海外の大きなフェスティバルにはほとんど出ました。モントルー・ジャズフェスで、セシル・テイラーの前にやった ことが忘れられません。

山下洋輔ニューヨーク・トリオ 1984年からは、トリオを解散し一人でやっていましたが、またグループでやりたくなり、ニューヨークで一から新人としてやり直そうと思い、1988 年に山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成しました。
セシル・マクビー、フェローン・アクラフの2人とはそれまで共演した経験はなく、初対面でニューヨークのジャズクラブ「スイート・ベイジル」に出演したときは興奮しました。その模様は、ライブ・アルバム「クレッシェンド」として残されています。以降、今年で結成30周年を迎える長寿グループとして活動を続けてきました。

敬愛するアーティスト~思い出の共演 好きなアーティストは、スイング時代はテディ・ウィルソン、モダンジャズ時代はハンプトン・ホーズ、フリージャ ズ時代からはセシル・テイラーです。
セシル・テイラーとデュオをできたことや、オーネット・コールマン・グループの日本ツアーに参加して演奏できた ことは印象深いです。
好きな曲は、現在はコール・ポーターの歌曲「EveryTime We Say Goodbye」です。歌詞と和音が絶妙に呼応し合う箇所があります。

山下洋輔スペシャル・ビッグバンド 自分の曲をビッグバンドでやりたくなって2006年に結成し、多くの素晴らしいミュージシャンと出逢える喜びを得ました。特にアレンジャー、コンダクターの松本治さんとの出逢いは貴重です。
筒井康隆さんに「脱臼したボレロ」と言っていただいたビッグバンド版の「ボレロ」は所沢ミューズでもやります。

所沢ミューズ公演に向けて ビッグバンドが出す豪華な音と構成のセンス、それから一人一人のソリストの即興演奏にご注目ください。我々と一体となってお楽しみください。

【2018年7月22日 公演】

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