季刊誌『InfoMart』

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インタビュー

森山良子(歌手)【2017年2月5日 公演】

「さとうきび畑」「涙そうそう」など、聴く者の心に残る数々のヒット曲を生み出してきた森山良子。昨年デビュー50年を迎え、集大成となるコンサートツアーがスタートしました。50年間、変わらぬ活躍を続ける日本のトップシンガーに、これまでの歩みを伺いました。

森山良子(歌手)

幼少時代からアマチュア時代 自分ではボンヤリ静かな子と思っていましたが、従姉の話では気が強く積極的だったとも……。
中学2年から声楽、ジャズを学びました。子どもの頃から歌手になりたくて。ナイトクラブで歌っているようなジャズシンガーになりたかったんですが、アマチュア時代は学生たちの間で流行したアメリカンフォークを先輩たちと一緒によく歌っていました。フォークが流行らなかったらジャズシンガーになっていたかもしれませんね。

デビューから現在 19歳のときに「この広い野原いっぱい」でデビューしてからの50年、楽しくあっという間で無我夢中でした。友人のピンチヒッターとして出演したラジオ番組で、即興的にメロディーをつけたこの曲がリスナーの皆さんの間で話題になり、レコーディングしたんです。デビュー当時よりいまのほうが、歌うことをより大切に、声を深く考えるようになりました。
長きにわたり歌わせていただけているのは、各地で待っていてくださるお客様がいらしてくれるからこそ。デビューコンサート、海外での公演やレコーディング、長野冬季オリンピックや愛・地球博(愛知万博)の開会式で歌わせていただいたこともありました……。長野冬季オリンピックは、開会式3ヶ月前に、総合演出の浅利慶太さんより直々にオファーがあり、私で務まるのかしらという戸惑いのなか、浅利さんの「あなたでやりたい」の一言に促されお引き受けしました。そして急遽ロンドンへ飛び、一泊二日で「明日こそ、子供たちが…」をレコーディングし、子どもたちと一緒に繰り返し練習を重ね、感動的な本番を迎えました。たくさんの方が力を合わせ作り上げるプロジェクトに参加できたことは素晴らしい経験となりました。
ほかにも思い出があり過ぎて語り尽くせません。

家族との思い出 息子の直太朗はサッカー一筋の男の子でしたので、音楽の道に進むときにはびっくりしました。いまでは黙って見守っています。
息子と娘家族とは、大きな1台の車を借りてアメリカ西海岸を走り回ったりもしました。フロリダにも1台で行きました。それぞれ皆性格は違いますが、なぜか楽しい思い出です。

共演者 これまで多くのミュージシャンと共演させていただきましたが、フランスの作曲家ミシェル・ルグランとのコンサートは、カーネギーホールを皮切りに濃厚で深い音楽に1ヶ月余り接することができた、かけがえのない体験でした。
2016年1月には、ファンクラブの皆さんとデビュー50周年イヤーをスタートするお祝いイベントを行いました。ちょうどお誕生日でもあり、ムッシュとイルカちゃんがお祝いに駆けつけてくれました。私は雨女として有名なんですが(笑)、当日はなんと大雪! にもかかわらず、全国からたくさんのファンの方に駆けつけていただき、本当に嬉しかったです。

ミューズ公演、
そしてこれからに向けて
ミューズには2008年にソロコンサートで、2013年にはやもりとして出演させていただきましたが、お客様と良いコミュニケーションがとれてとても楽しかったです! 今回のコンサートでは、50周年の集大成を聴いていただきたいと思います。
いまのまま……そして妥協のない、より高い歌を目指してまいります。音楽はいつも私を導き、道を示してくれる親友です。

【2017年2月5日 公演】

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